2010年に私の前職場の横須賀共済病院で、ある女性のアブレーション治療をしました。診断は心房頻拍。一度カテーテルアブレーションを実施しましたが、うまく治らず、2回目のアブレーションを私が担当することになりました。初回の轍を踏まないようにとカルトシステムを使用し、不整脈を詳細に観察しました。心房頻拍は左右の心房を隔てる心房中隔から発生してきていました。心房中隔は場所によっては厚い心筋でできており、彼女の心房頻拍起源はその厚い心筋の中にあることが推測されました。理由は、その起源に最も近い左右の心房にカテーテル先端を持っていき、最大限の出力で通電しても不整脈が止まらなかったからです。結果的に不整脈を治すことはできませんでした。
心房頻拍がカテーテルアブレーションで治らない場合、薬で治療するしかありません。しかし、薬は完全に不整脈を抑えきれません。薬を内服していても、不整脈発作は起きてしまいます。その発作を抑えるためには、日常生活は心身ともに安静にして過ごしてもらわなくてはなりません。発作が止まらないときは、救急病院に駆け込み、点滴で止めていました。そのような生活が若い女性にとっては、かなり苦痛であったことは想像に難くありません。その後、いつかまたアブレーションで治せる日が来るかもしれないと思い、神奈川の遠方から、遠路、横須賀共済病院まで通い続けていただきました。私が職場を東京に移したときも、お願いして東京まで通っていただいていました。いつか治せるかもしれないという思いを抱きながら。
初回の治療から8年以上の月日が流れました。カルトシステムの技術の進歩はめざましく、不整脈起源同定のための解像度が飛躍的に向上し、カルトサウンド(心腔内エコー)を使用すると心筋の厚さ、その向うに何があるかもつぶさに分ります。コンタクトフォースを使用すれば、どの程度の深さ焼けるかもわかるようになりました。彼女の不整脈は相変わらず続いて、彼女を悩ませ続けています。「もう一度、治療をしましょう。」と彼女に提案しました。3回目のカテーテルアブレーションです。8年前に推察したとおり、心房頻拍起源は最も厚い心房中隔の中にあります。しかし、詳細に観察していると、カルトサウンドがその起源の奥にある空間を指し示してくれたのです。その奥にあったものは大動脈でした。心房頻拍起源に最も近いところは、心房そのものではなく、心房とは関係ない大動脈だったのです。カテーテルを静かに大動脈基部まで押し進めます。カテーテルの先端は大動脈の壁にあたっていますが、その壁を挟んだすぐとなりに、心房頻拍起源は存在します。カテーテルの先端から通電を始めた1秒後、心房頻拍は停止しました。以前は、最大出力で合計で数十分焼き続けたにもかかわらず止まらなかった不整脈が、わずか1秒で停止したのです。感激するとともに、事情を熟知しているスタッフは全員拍手してくれました。
手術が終了して3ヶ月経ちました。手術以降は彼女の不整脈発作は出現せず、久しぶりに自宅近くの海岸を走ることができたという報告をいただきました。約10年前に横須賀共済病院でやり残した宿題をやっとやり終えた感じです。アブレーション技術は、日進月歩です。以前、もしくは、今、治らないと思われた不整脈も、時とともに治る可能性がある。患者、医者ともに諦めないことが大切です。
当院花壇のパンジーです。笑っているみたいに見えるでしょう。昨年の冬に植えましたが、まだ私達を楽しませてくれています。しかし、もう少しでおしまいです。長い間、ありがとう。