60歳の女性が来院されました。職業はダンサー。主訴は突然始まる動悸です。「数年前からダンスの公演中に、突然心拍数がとても速くなる。数分で治まることもあるが、数十分続くこともある。発作が起きた瞬間は眼の前が真っ暗になり、倒れそうになるけれど、お客さんの前なので、なんとか気合で持ちこたえている。今まで色々な検査をしたけれど、原因が分からない。このままでは、仕事を続けることができない。引退も考えたけど、まだやりたい。原因を調べて欲しい、そして、できることなら治して欲しい。」という訴えです。
動悸の原因を探るには、現場を押さえるのが一番です。つまり、動悸症状が起きているときの心電図をとるということです。そのためには1)発作が起きたらすぐに病院に駆け込み心電図をとる、2)ホルター心電図(24時間心電図)を装着し動悸が起こるのを期待する、3)携帯型心電図を持ち歩き、動悸が起きたらすぐに心電図をとるの3つの方法があります。この患者さんの場合2)の方法を提案しましたが、「ホルター心電図をぶら下げて、お客さんの前で踊るわけにはいかない」ということで断られました。1)と3)もこの患者さんの発作が起こるのがダンスの公演中ということを考えると無理です。症状からは不整脈発作が強く疑われますが、診断が難しい。
こういうケースの不整脈の有無を診断する最終手段は、誘発試験です。入院していただき、カテーテルを心臓の中に入れて、電気刺激によって不整脈を誘発するのです。もし、誘発されたら、その場で治療しますので、診断と治療が1回で行えます。とても良い方法ですが、もし診断が不整脈でなかったら、カテーテル検査に伴うリスク(心タンポナーデ、出血、感染等)を背負うだけになってしまいます。症状からは不整脈の頻拍発作を強く疑っていたので、この方法をお勧めしました。患者さんは、すぐに承諾され、誘発試験を行うことになりました。カテーテルを数本心臓の中に入れて、電気刺激を行います。すぐに不整脈は誘発されました。診断は発作性上室性頻拍症、心拍数は220拍/分、血圧は40〜50mmHg程度まで低下します。この低血圧ならば、発作時に眼の前が真っ暗になるのも理解できます。この血圧で良くダンスを続けられたものだと感心しました。不整脈の回路の一部を1回焼灼して根治しました。僅か30秒の通電です。
手術が終わって1年経ちました。ホルター心電図検査を行いましたが、何も問題はありません。アブレーション手術以降は発作は起きることなく、生きがいでもあるダンスを続られているそうです。以前の不整脈発作中には血圧が40〜50mmHgに下がっていたはずです。それでもなんとか持ちこたえてダンスを続けたプロ魂を称賛したところ、彼女は診察室で声を出して泣き始めました。以前の辛かったときのことを思い出したのだと思います。動悸の原因が不明でも、診断の方法には色々あります。原因が分かり、治療もできたならば、人生が変わることもあると思います。