「片頭痛」。ズキン、ズキンと血管が拍動する様な頭痛に発作的に襲われる病気です。その頭痛が起きる前、前兆として、眼の前にチカチカする様なものが見えることがあります。このチカチカを医学用語で閃輝暗点といいます。閃輝暗点が予兆として現れる片頭痛の患者さんの中には、左右の心房の間に穴が空いており(心房中隔欠損症、卵円孔開存)、そこを手術やカテーテルを使って塞ぐと、片頭痛が治るという報告がかつてありました。一時はかなり話題になりましたが、その有効性が確認されることもなく、いつの間にか皆の口に上ることがほとんどなくなりました。
私が担当した心房細動アブレーションの後に「目がチカチカして、その後に頭が痛くなる」と訴える患者さんがいました。まさに片頭痛と同じ症状です。しかし、その患者さんに片頭痛の既往はありません。脳梗塞の合併を除外するために、MRIを撮影しましたが、問題ありません。眼科も受診していただきましたが、異常なし。2週間後に症状は改善し始め、アブレーション1ヶ月後には完全に消失していました。実は、以前にも心房細動アブレーションを実施した患者さんで同じ症状を自覚した人を経験したことがあり、この比較的変わった症状が、心房細動アブレーションのあとに偶然にも二人の患者さんに生じるものだろうかと不思議に思っていました。
先日、行われたアブレーションの研究会で、心房細動アブレーション後に「閃輝暗点と片頭痛を自覚した患者さん」の症例報告がありました。まさに私が経験した2症例と同じ症状です。その医師はこの症状の原因は心房細動アブレーションの際の、心房中隔穿刺ではないかと疑っていました。その理由としては以下です。「片頭痛の人の心房中隔欠損を塞ぎ、片頭痛が治るのは、心房中隔欠損が片頭痛の原因の可能性があるということです。心房細動アブレーションの時は、左右の心房の間に穴を開けて、心房中隔欠損と同じような状況を作ってしまうので、術後に片頭痛が起こるのではないか」というのです。ちなみに、研究会の司会者が会場に来ている医師に、この比較的珍しいと思われる症状を有した症例を経験したことがあるかと尋ねたところ、多くの医師が経験したことがあると答えていました。以上のことを総合すると心房細動アブレーション後に起こる一過性片頭痛は手技に伴う合併症の可能性があるということです。
心房細動アブレーション時に開けた心房中隔の穴は、多くは1ヶ月以内に自然に閉じます。心房細動アブレーション後に片頭痛がずっと続くことはありません。今回の件で重要なことは、医師は患者さんの訴えに真摯に耳を傾けなければならないということです。患者さんが訴えることが、病気と関連しているかどうか分からないことは、頻繁にあります。しかし、たとえその訴えが突飛なものでも、何か意味しているのではないかと考えるべきなのです。文献にも目を通すと更に良いでしょう。そうすると患者さんの症状の原因が明らかになることもあるのです。